♯その日の気分

♪ お気楽・徒然・心のままに ♪

3.26 春の別離 心穴生活

 

今日は3月26日、

この週末は3月最後の土日となります。

 

この時期に決まって思い出されるのが、

親としてかなり切なくなる

わが子との別離のシーン。

 

何年経っても忘れられないシーンっていうものがあり、

その時の心模様すら容易に甦ってもきます。

切ないため息と共にです。笑

 

田舎に暮らす者にとっての大学進学とは

自宅を離れ一人暮らしをすることを意味し、

この週末は、

多くの家庭でそんな別離のシーンがあるのだろうな…と、

そんなことを想像しています。

 

巣立ちと別離。

 

子にとってはめでたい門出であるはずなのに、

そこには、

子どもが知らない、

子どもには見せない、

親の「その後の姿」もある訳で、

 

一日に何度もついてしまうため息や

心に大きな穴が空いたようなどこか虚な日々の暮らし、

それに慣れるまで、

 

一日に何度も何度も掛け時計を見上げては

「今、何をしている頃だろう…。」と思わなくなるまで、

 

きっと、

子のホームシックの数倍もの時間を要したりもします。笑

 

親とは、そういうものですものね。

 

この土日、

アパートにわが子を置いてくる

そんな親子のドラマが、

共に心一杯にした素敵な時間となりますように。

 

そして、

「あの日」、

ちっちゃな小1だった若者たちの未来が

素晴らしいものになっていくことを、

心から心から祈っています。

 

親の心穴生活は、

何ともなりませんので、

諦めましょう。笑

 

(つぶやき)

この週末はきっと引越し。なのに今日は雨。ちょっとだけ涙雨かもしれませんね。

「別離」、日本のそれとは全く違った意味で、遠くウクライナの地で起きている不幸過ぎる出来事。「別離」というよりは「離散」が正しいのかもしれません。こんなことを書けば言い過ぎかもしれませんが、きっと日本のマスコミが報じるウクライナ関連のニュースは、これから徐々にその分量が減っていき、今ほど、ウクライナの人たちの人命や痛いほどの悲しみ、そして、許せないぞ!ブーチン!といったような風潮も、潮が引くかのように徐々に薄れていくように思っています。これまでのいろんなことがそうでしたからね…。そんな中でも、やっぱり忘れる事なく、関心を持ち続け、ウクライナの平和と復興、人々の暮らしの再興、そして、あの残虐な指導者の末路を見つめ続けていかなければならないのだと思います。

先日、あるTV番組で「ならずもの」という言葉を耳にしました。この言葉を聞くのは久しぶりです。改めて、「ならずもの」の意味を辞書で調べてみると、→ 素行が悪く、手に負えない者を指す語。集団を指す場合や、容認できない振る舞い続ける国を指して「ならずもの国家」のように呼ぶ場合もある。←

「ならずもの」は「力」と「恐怖」で他を支配します。事に至る背景はどうあれ、今、行われている、人の命を何とも思わない、その「感覚」、その「手法」、その「行為」は、決して許されることではなく、正にならずものの所業。特に、子どもが、子どもの未来が犠牲になっていることに激しい憤りを覚えるのです。ならずものは、やっぱり許してはならないのだと思います。そして、いつか公な裁きを受けなければならないのだと思います。更に言えば、人命を軽視するような人間を指導者にしてはならないのだとも思います。

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