♯その日の気分

♪ お気楽・徒然・心のままに ♪

3.2 子どもの「未来」を奪う

 

昨日、県内多くの高校では卒業式が行われたようであります。

 

その前日、

今般、高校を卒業する子から一通のメッセージが届いたのです。

そこには、夢に向かう決意と感謝の言葉が綴ってありました。

 

この子、震災の時、小1だった子で、

大切な家族を失うという大きなダメージを背負いつつ、

小・中・高という学校生活=「震災後」

そんな道を生きてきた子なのです。

 

その心の中の道のりが一体どんなものだったのか…、

私には想像することすらできませんが、

「よくこれまで頑張ってきたな」と、

心一杯にしてそんな言葉をかけたくなるのです。

 

東日本大震災発災当時、

この町は、津波により信じられない程多くの命が失われ、街の大半も消失。

大切な人や住む家、街並みを失ったばかりか、

これまでの大切な思い出や

これまで生きてきた証すら奪われたような大きな喪失感に襲われ、

絶望という黒色の重いものだけが心を支配していたように思います。

 

「これからどうなるんだろう…。」という不安だけが湧いてきて、

「希望ある未来」など、一切想像すらできなかったように思います。

毎日毎夜、寒い体育館の中で、

幾度も幾度も襲ってくる大きな余震にも怯えておりましたしね。

 

同様の体験をした小1のちっちゃかった子が、

ここまで精一杯生き抜き、

今、正に、夢に向かって羽ばたこうとしている。

 

尚のこと嬉しかったのであります。

 

遠くウクライナで、

恐怖に怯えながら暗い地下室に避難している子どもたちにも、

厳寒の中、不安の中、母親と共に国外に避難しようとしている子どもたちにも

間違いなく「未来」はある。

 

そんな子どもの未来を、

大人のどんな理屈、理由があるにせよ、奪っていいのか!と

あの国のリーダーに、憤りを覚えてしまいます。

 

まして、

自然災害は、人の力では防ぎようはないけれど、

人が引き起こしたことであるならば

人の力で止めることができるはずではないのか…と、

そんなことも思うのです。

 

今、目の前にいるこの町の子どもたちの晴れの門出を感じながら、

遠くウクライナの子どもたちの

今と、その未来に、思いを馳せてしまいます。

 

ウクライナの子どもたちのために、

何かできることはないのか。。

 

考え、

たとえ小さくても、

動きます。

 

(つぶやき)

青空と送っていただいた小さな桜の花びらを見つめながら、「日常」がここにあるありがたさと、「平和」ってことを、ぼ〜っと考えています。

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